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いろいろ作ってきたけれど……【森博嗣】 新連載「日常のフローチャート」第19回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第19回

 

【「お手軽」が僕の工作の方針か】

 

 僕の場合を話そう。工作室には、旋盤もフライス盤もボール盤も設置され、鉄、ステンレス、真鍮、アルミなどの素材から自由に加工することができる。木工でも電動工具を取り揃えている。溶接機はもちろん、プラズマカッタもグラインダもバンドソーも持っている。これらの工具は総額で数百万円するはず。この値段を払うなら、専門業者に委託して、作ってもらった方が安いかもしれない。

 しかし、自分の手で作ること、わざわざ遠回りし、しかも下手くそな加工をする、失敗もする、そんな工程が面白い。趣味というのは、そういうものだろう。

 それ以前に、何をどうやって作るのか、と考えることが面白い。設計図があり、組立て説明に従って作る行為は、誰かから指示されて労働しているような気分になって、少し面白くない。ここが仕事と違う点である。

 僕は、模型が好きだが、実物のとおりに作ることは少ない。実物というお手本があるだけで、作る行為が労働に寄ってしまうからだ。

 目的や目標がない方が面白い。毎日悩ましいことがある方が面白い。はっきりいうと、どうしたら良いのかわからない、どうやっても上手くいかない、もう諦めるしかないのか、という方が楽しいのだ。

 手取り足取り指導されたら、きっとつまらなくなる。ネットで調べて、「こうしたら問題が解決するよ」と教えてもらうと、もう興醒めだ。その瞬間に、いわれたとおりに働く労働者になり、仕事になってしまうからである。

 最近の僕は、誰かが諦めて手放したガラクタを修理し、復元している。ガラクタをオークションなどで手に入れるのは、悩ましい問題を買っているようなものだ。そして、その問題が自分の力で解決したとしても、べつにそんなに嬉しいわけではない。「あ、終わっちゃったな」という程度である。そうではなく、問題に直面して、没頭する時間が面白い。あれやこれやと可能性を想像し、頭を使っているとき、爽快な気分になれる。これは、ジョギングなどのスポーツと同じだろう。頭が運動しているのだ。

 だから、僕の工作は、手と躰を動かして、頭にも「動いたら?」と誘っている行為だと思える。これは庭仕事でも同じ。また、プログラムだって、小説執筆だって同じだ。問題を見つけたときは、ほんのりと生きていることを思い出せる。

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✴︎森博嗣 新刊『静かに生きて考える』発売忽ち重版!✴︎

 

 

森博嗣先生のBEST T!MES連載「静かに生きて考える」が書籍化され、2024年1月17日に発売決定。第1回〜第35回までの原稿(2022.4〜2023.9配信、現在非公開)に、新たに第36回〜第40回の非公開原稿が加わります。

 

 

 世の中はますます騒々しく、人々はいっそう浮き足立ってきた・・・そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?

 森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。

 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

 

 

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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